利重孝夫
利重孝夫(とししげ・たかお)さん

シティ・フットボール・ジャパン(株)代表、footballistaを発行する(株)ソル・メディア代表取締役、東京大学ア式蹴球部総監督、御殿下サッカースクール責任者、東京ユナイテッドFC理事など、プロ・アマ問わず様々なサッカービジネス・活動に従事。
利重孝夫さん インタビュー
[ インタビューは、2022年8月11日に都内で実施 ]

(インタビュー後半)

ーーサッカー選手のセカンドキャリアについてもお話を伺います。プロになれる選手は一握りですし、仮になれたとしても25~26歳くらいで引退するとしたら、その後のキャリアはものすごく長いですね。選手時代から、引退後のことをもっと考える必要もありそうです。

「日本の場合は、選手である時間は、プロであれ、高校生であれ、職人気質というか、サッカーに100%集中するのが『善』で、ほかの道を考えるのは『悪』というような雰囲気がありますね。自分はその考え方には強い違和感があって、そこは選手によって幅を持たせると言うか、選択肢があるべきだと思っています」

「選手だから、上手くなりたい、強くなりたい、成功したい。そこに対して努力することは当たり前なんですが、24時間365日捧げることが、ベストを尽くしたというわけではないと思います。実際、引退後に『この先何をすればよいか分からない』とか、『もっと早く引退後の準備に取り組んでおくべきだった』と後悔する選手も少なくないですね」

ーー以前、息子に「選手になれなかったらどうするの?」「選手になれたとして終わった後どうするの?」問いかけた時に、「保険をかけるような選手は嫌だ」と言いました。利重さんは読売ユースに通いながらも、学業も両立されていたと思います。当時、何を考え、何をモチベーションにしながら取り組んでいらっしゃったんですか?

「当時の読売ユースでは、サッカーに対する個々人の向上心には凄まじいものがありましたが、サッカー以外は一人ひとりが違っていて良いというカルチャーが存在していました。良い意味で不干渉と言うか、自分の場合は勉強に打ち込むことが、皆とサッカーに真剣に取り組むことに何ら支障をきたさなかった、そんな環境でしたね。もし全員に24時間サッカーに捧げることを強いる組織だったら、とても続けられなかったんじゃないかな」

勉強とサッカー、両立が難しくない環境を、大人が整えるべき

ーー勉強とサッカーの両立は、なかなか難しいでしょうか。

「両立は難しいか?否かではなくて、両立が難しくない環境を大人が率先して作っていくことだと思います」

「たとえば先日、東大と京大との定期戦に、教え子がおられる関係で観に来られた高校サッカー部の先生からこんな話を聞きました。先生は進学校に赴任される前は、全国大会に出場した高校や香川県の国体選抜を指導されていて、県で優勝して全国に出ることを最大の目標にされていたようですが、選手生活を終えた後、社会に出て苦労している教え子たちの姿をみて、最近は口を酸っぱくして生徒たちに勉強しようと促しているそうです。と言っても別に良い大学に行くことを目標とさせる訳ではなく、勉強することで、人生の選択肢が圧倒的に広がるんだと仰っていましたね」

「高いレベルでサッカーに取り組むクラブユースでも変化は起きています。たとえば、ガンバ大阪ユースでは所属選手がみな通信制高校生として寮生活を共にすることでサッカーに集中する環境を整えています。しかし、社会性を養うという意味ではリスクもあるとの問題意識から、毎週ディスカッション方式の授業を取り入れ、例えばなぜウクライナで戦争が起きているのか?討論しているそうです。最初は関心を示さなかった選手たちが、徐々に自発的に調べ物をするなど、積極的な姿勢に変わってきたとか。講師は、マリノス・ジュニアユース→フロンターレ・ユース→京大サッカー部→三菱商事から独立というユニークな経歴の、サッカーと教育に強い関心を持つ赤倉一行さんが担っているのですが、彼自身がパナソニックやガンバに直接企画を持ち込んで実現させたんですね。彼はその他にも同じ吹田にある阪大との提携にも尽力していて、今は阪大外語科の学生がガンバユースの子たちに語学も教えているそうです」

「ガンバユースの優れた選手たちは、将来欧州に行くチャンスもあるでしょう。彼の地でサッカー選手としての才能を充分発揮させるためにも、語学学習や自己主張する習慣を日本に居ながら意識付けを行い、訓練することの意義は決して少なくないと思います。このような試みは、是非他のJクラブアカデミーでも取り入れてほしいと感じますね」

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[ CFGマンチェスター本社オフィスにて ]

欧州では、引退後のキャリア準備をするのは当たり前

ーー欧州の選手は、セカンドキャリアについてどう考えているのでしょう。

「例えばスペインは、誤解を恐れずに言えば、かなりいい加減な国民性じゃないですか(笑)。でもサッカーのコーチングライセンスの仕組みは理路整然としていますし、取得する側も、選手の時から効率を考えて時間を費やしていますね。サッカー選手って、結構暇じゃないですか。練習は試合時間に合わせて90分間集中して行うのが主流なので、それ以外の時間を活用して、現役のときからコーチングライセンスやその他の資格を取るための勉強をするなど、当たり前に引退後のキャリア構築準備を手掛けています」

「選手の間はサッカーに100%集中したいとは言っても、日本の選手たちにも空き時間はたっぷりあります。でもパチンコしていたり、ファミレスに入り浸ったりと、勿体ない時間の使い方をしている選手が多いイメージは未だに強いですね。でも、別に日本人選手は意識が低くて、欧州の選手は意識が高いなどとは全く思っていなくて、欧州の選手が努力出来るのは、個人と言うより、社会や環境がそうさせていると思うんですね。欧州に学ぶのであれば、そういった社会環境作りを学ぶべきかなと。進学校の生徒の成績が良いのは、皆が勉強しているから、別に無理して勉強をする必要がないから自然に成績が良くなるわけで、ユースでもトップでも、勉強したり、資格を取ったりするのが当たり前の空気にする環境を作っていければ、セカンドキャリアについても自ずと選手たちが主体的に考え、取り組むようになっていくのではないでしょうか」

ーーサッカーをやっておられて、仕事にどういう風に生きたのか、教えていただけますか?

「サッカーをしていると、上手くいかないことも多いわけです。それを自分の中でどう消化していくのか?諦めるのではなく、努力し続けたり、他の方法を考え出さないといけない。でもその一方で、一流の選手にはどうしたって叶わないこともある。それを受け入れることもすごく大事だなと。自分のなかで読売という門を叩き、トップオブトップを見てチャレンジできたことは大きな財産だと思っています」

ーートップチームの選手たちをみて、本当のトップはすごいんだということに気がついたということですか?

「早いタイミングでトップオブトップを身近に体験したことで、では自分にはどのような成功への道があり得るのか?より真剣に考え始めた側面はありますね。セカンドキャリアの話に置き換えると、本当にトップオブトップまで到達した人と違って、ほとんどの人がそこまでには至らず、どこかで次を模索しないといけない。サッカーへの愛情は非の打ち所がなくとも、その愛情があるがために客観視できず、相対化のタイミングを逸してはなりません。好きなことに打ち込みながら、遅すぎないタイミングで相対化を図れたことは、自分の強みを最大化するためにも必要なことだったと思います」

ーー利重さんの強みとは何だったのでしょうか。

「選手時代は(当時はまだ言葉としては普及していませんでしたが)いわゆるボランチが一番しっくり来るポジションでした。でも個人としての運動能力、スピードだったり、パワーだったり、或いはドリブルなどのスキルは特に優れていたわけではなかったですね。ただ、ピッチ全体を上から俯瞰して見れる、もちろん平面なんだけど上から見えている感じは持っていました。人より先に次のプレーを読んで、そのスペースを埋めるとか、或いはわざと空けて呼び込むとか。これはサッカーで身に付いたのか、元々そういう素質があって発揮できたのかは分からないですが、そこが自分の強みなんだなと自覚することが出来ました。一般的に得てして自分の得意なことに自分自身が気付くのは難しかったりしますが、サッカーを通じて自分の強みを客観視出来たとは感じています」

「社会に出たあと、とは言っても特にサッカービジネスが軌道に乗り出した40代後半以降の話ですが、プロデューサー的な仕事で一番能力を発揮できている手応えがあります。物事・プロジェクトを俯瞰で見て、先の先を読み、いかにそれぞれの分野で得意な人たちを巻き込み、活かしていくのか。そこは往年の自分のサッカーでのプレースタイルと繋がっているな、似ているかもしれませんね」

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[ CFGロンドンオフィスではグローバルなオンライン会議に参加 ]

サッカーは、選手をやめてもいろんな世界に連れていってくれる

ーーサッカーを愛する青少年に、アドバイスはありますか?

「先ずはとことんサッカーをプレーすることを楽しみ、チャレンジして欲しいですね。サッカーは今でも進化し続けている、とても奥の深いスポーツです。でも過剰なトレーニングやケガを押してのプレーなどはやめた方が良い。ほとんどの場合、それは選手ではなく、社会通念や習慣、環境の問題なのですが。そして、サッカーは、皆さんが選手ではなくなったとしても色んな世界に連れて行ってくれます。どんなスポーツやアートなどにもその側面はありますが、サッカーはそのスケールが圧倒的なので是非楽しみに待っていて下さい。私自身の道は、決して用意されたものではなく、予想もしない方向に転がっていきましたが、そこには常にサッカーとの関わりがありました。偶然のご縁もありましたが、楽天とヴェルディを引き合わせたことも、バルセロナやCFGとの縁も、自分の興味の赴くままではありましたが、チャレンジしたからこそ生まれたことでした。そして、それは10代で読売の門を叩いた時から始まっているように思います」

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[ 日曜の朝は、男女の東大ア式蹴球(サッカー)部員がコーチを担う「御殿下サッカースクール」へ。 ]

ーー利重さんの今後の目標はありますか?

「少年時代にサッカーを始めて、そのままのめり込んでいったのは純粋にプレーすることが楽しかったからなわけですが、この年齢になって、サッカーの持つ人と人を繋げる力、社会に発信するメディアとしての影響力の大きさ、そのポテンシャルに改めて魅せられています。幸い、自分はそんな大きなパワーを持つサッカーを通じた様々な活動を担える経験値やスキル、ネットワーク、そして一番大切なこととして思い、愛を持つことが出来た。現在日常的に関わっているCFGでの活動や、フットボリスタなどのメディア、そして大学サッカー部や地域のサッカースクールでの活動の外にも、国内・国外問わず、強化サイド・ビジネスサイド、リアル・デジタル共々、次々と生まれるプロジェクトに関わるチャンスを頂いているなかで、様々な世代や国籍、民族、職業の方たちとサッカーを通じたお付き合い、プロジェクトを完遂させていくプロセスや達成感を味わいたい、そして結果的にサッカーの価値を上げ、自らの知識や経験、ネットワークが次の世代に繋がっていくことになれば、そんな嬉しいことはないと思っています」

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[ スタンドからチーム試合前のウォーミングアップを眺める
(マンチェスター エティハドスタジアムにて)]